ボンボリガーデン takemotojoe’s blog 竹本穣

ミュージカル(台本と歌)、朗読劇、人形浄瑠璃

朗読劇 「つめたい部屋の真ん中で」

朗読劇

 『つめたい部屋の真ん中で』

 (または「プラムフクラム」)

 

作 竹本穣

 

 

  ナレーション(N)

  プラム

  冷蔵庫

  家

  庭

  鳥

  カマキリ

  蝶

  町

  地下水

  台風

  種

 

 

N そこは、つめたく、真っ暗な世界です。かすかに唸るような物音が聞こえてくるだけで、あたりには、何の気配もありません。まるで、宇宙の暗闇のようでした。そんなところにただひとつ、ぽつんと小さなプラムがありました。プラムは、熟していく自分の甘い香りが暗闇の中に満ちていくのを楽しんでいるようでした。それまで枝につながったまま暑い陽差しに照らされつづけた夏の世界にうんざりしていたので、ここの世界はひんやりと涼しく、かえって心地よく感じていたのです。それにだれも邪魔をするものもおりません。わずらわしい蜂も、口うるさい隣のプラムもここにはおりません。プラムはここにきてようやく我が身のりっぱなさまに思いをめぐらせるとこができるのでした。

プラム なんてすばらしいプラムだろう。色よし、形よし、香りよし。申し分ないな。隣に生ってたプラムは不格好な形だったし、そのまた隣のプラムは、変な傷がついていた。あの庭中の植物がわたしをうらやましがってたっけな。へっ! ひょっとするとこの世で一番すばらしいプラムかもね!

N プラムは真っ赤なつやつやした皮をピンとさせて威張りました。

プラム きっと、特別待遇でここにいるんだな。貴重な果実として大切にされているのに違いない。

N プラムはぶるぶるっと武者ぶるいをして、気持ちをひきしめていました。すると、ウーンという低い音にまじって、ひんやりした声が聞こえてきました。

冷蔵庫 いくら大きな声で自慢しても、きみはちっぽけな果物にすぎないんだよ。

N プラムは自分ひとりだけだと思っていたので、驚いて聞きかえしました。

プラム きみはだれだい?

冷蔵庫 きみがいまいるところさ。

プラム いまいるところって……

冷蔵庫 冷蔵庫だよ。レイゾウコ。きみはいま、わたしの中にひとりぼっちでいるんだよ。

プラム きみも名誉に思ったらいい。ぼくみたいにすばらしいプラムがきみの中にいるんだからね。どうだい、誇らしいだろう。

冷蔵庫 まあ、ずいぶんと世の中を知らないようなだな。きみよりすばらしいものなんていくらだってあるんだぜ。たまたまいまはきみしかいないが、以前には見事なメロンが入っていたし、グレープフルーツだって入っていた。あれを見たらきみは口もきけなくなってしまうにちがいないさ。

プラム しかし、ぼくがすばらしいプラムであることにはかわりはないだろ。そういうきみは具合が悪いようだね、変な音が聞こえてくるじゃないか。

冷蔵庫 これはわたしのモーターの音さ。電気の力で圧縮ガスを作ってるんだ。おかげできみをすずしくしてやることができるのさ。いいかい、きみはわたしのおかげで腐らずにすんでいるんだ。きみを生かしてやってるのはこのわたしなんだよ。

プラム たしかにひんやり気持ちがいいよ。それにりっぱかもしれない。でもぼくみたいに美しい色をしているのかい?

冷蔵庫 色はただの白だよ。

プラム 形はきれいかい?

冷蔵庫 四角い形でがっしりした感じだよ。

プラム なんだ、ただ生白くって、角張った感じなんだな。たいしてうらやましくもない。ぼくは赤くて、丸くて、つやつやで元気いっぱいなのに、きみはまったく味気ない様子だからね。

冷蔵庫 味気ないんじゃない。これは機能性を追求してシンプルにデザインされたものなんだ。きみのようにただの原始的な形じゃないというだけの話さ。そのうえわたしにはさまざまな叡智がつまっている。フリーザー、チルドケース完備、ターンポケット方式で楽々収納、脱臭抗菌の機能までついて、しかも省エネ設計。

プラム なんだか余計な機能がついているね。

冷蔵庫 口の減らないやつだな。いずれわたしの中に、はるばる北の大地からやってきた牛乳やら、南の島からやってきた魚介類が入ってきたら、きみはいやでも思い知るだろうさ、自分のちっぽけさというものをな。ンー……

プラム おや、壊れてしまったのかい?

冷蔵庫 ンー……

プラム いったいどうしたんだい?

冷蔵庫 ンー……

プラム 何か言ったらどうなんだい?

冷蔵庫 ンー……

プラム なあ。

冷蔵庫 ンー……

プラム なあったら。

冷蔵庫 ンー。(急に音をとめて)……ずいぶん、おびえていたようだな。むりもない、きみはもうここから出ることができないんだ。ただわたしの中で冷やされるひとつの小さな果物にすぎない。きみがいくら自慢をしたところで、わたしにはかなわないし、なんの意味もないんだよ。ンー……

N そういって、冷蔵庫はふたたび、いびきのような低いモーター音をたてはじめたのでした。

家 おい。

N すると今度はこの家の声が響いてきました。

家 おい、おい。寝たふりなんかしたってだめだぞ。聞いてるか冷蔵庫。いくらプラムに威張ってみても、きみは所詮、わたしの中のものにすぎないんだからな。

冷蔵庫 寝たふりなんかしてませんよ。一生懸命働いているんです。

家 働いてる? わたしがきみに電気を与えてやっているのだ。生かしているのはわたしだよ。働いているなどとおごってもらっては困るな。

冷蔵庫 おっしゃるとおりです。

家 とはいっても、きみの働きぶりもわからないではない。このわたしに住まわれているご主人さまにとって冷蔵庫も大事なものにはちがいないからな。しかし、ご主人さまにとって雨つゆをしのぐよりどころとしてなにより頼りにされているのが、このわたしだということは肝に銘じておいてもらいたいね。きみも自分の器をわきまえてなければならない。なにものにもそれぞれ分相応の器というものがある。つまりきみはプラムを冷やすということに専念すればいいのであって、それ以上を誇らし気に主張する必要はないということだ。ご主人のために氷を作ったり、食べ物を冷やしてさしあげることに、望外の喜びを見い出せばよいのじゃないか。

冷蔵庫 なにからなにまでその通りですね。わたしもご主人のことを考えていませんでした。まったく、あなたの言うとおりだ。今後は心を入れ替えて、一心に冷却に勤めることにいたしましょう。ンー……

N するとまた、さらさらとささやくようにのんびりとした声が響いてきます。

庭 なんてせせこましいお説教でしょう。家のあなたが、自分の中にあるものを諭したところでなんの変化があるでしょう。わたしから見たら、あなたは一年中変化のない、ただ箱にすぎませんよ。

家 あんたは?

庭 庭よ。

家 おやおや、偉そうな口を挟んでくるじゃないか。ご主人をお守りするわたしの大事な役目をお忘れか? そりゃ一見何もせず、こうして建っているだけにみえるかもしれない。しかし、そうであるからこそ、重要なんだ。ここに変わらずにあるということに意味があるんだ。暑い日も寒い日も、雨の日も雪の日もご主人を守り続ける。ご主人にはその有難味がわかってもらえているかどうかはわからないが、蔭ながら奉仕してこそ美徳というものじゃないか?

庭 それはそれで結構。でもあなたがお守りしているご主人は毎日、わたしを世話してくださる。水を撒いたり、余計な草をむしったり、わたしが咲かせた花を大切にして、喜んでくださる。ご主人は直接わたしに話しかけてくれることだってある。あなたはどう? ご主人に話しかけられたりしないでしょ。

家 ないこともない。

庭 そうね。この建てつけの悪いドアはなんだとけなされたり、

家 ……

庭 玄関をもう少し広くしておけばよかったとご主人を嘆かせたり、

家 ああ。

庭 ご主人の知り合いが、そこに寝室があるのは風水からみてよくないとか、

家 ああ。

庭 こんな綿ぼこり、いったいどこからやってくるんだ、この馬鹿我が家め!と怒鳴られたり、

家 馬鹿我が家めとは言わなかったぞ。

庭 あげくに柱の角につま先をぶつけたご主人があなたに罵声を浴びせるのがせいぜいでしょ。

家 ちょっと待ってくれ。ご主人は旅から帰えるとかならず、やっぱり家が一番だと溜め息をもらしてくつろがれるのだぞ。

庭 勘違いしないで。それはご主人が旅に行かないかぎり出て来ない感想でしょう。しかも旅に行かれるというのは家が退屈なためでしょ。それを考えたらわたしの方ははるかにバリエーションに富んでいて、ご主人に喜びを提供してさしあげている。春にはモクレンレンギョウ、ボケの花、夏にはバラにダリヤに月見草、秋には鶏頭、コスモス、金木犀、冬には柊、山茶花、草珊瑚と、まあ、あきさせることのないなんてご主人思いの庭でしょう。それに今度は何を植えてやろうかと親身に語りかけてくれる。あなたはまだまだよ。

N 庭はそういうと自分に植えられている木や草や花をわさわさと揺らしました。あまり突然揺するものですから、そこで休んでいた鳥やカマキリや蝶が文句をいいました。

鳥 ひどいな、突然揺らしたりして。せっかくいま草の蔭に隠れていたうまそうなカマキリを食べようと狙っていたのに、逃げてしまったじゃないか。

N すると草の蔭からカマキリがカマをかしゃかしゃしごいて、三角の頭をきりきり振りながら自分が狙われていたとも知らず愚痴を言いました。

カマキリ まったく、なんてことだ。花の上の蝶を目指してわざわざここまでこっそり追いかけてきたのに、もう飛んでいってしまったじゃないか。ああ、お腹がぺこぺこだ。

N 蝶はひらひらとまいながら、自分が狙われていたことも知らずに訴えました。

蝶 急にあの花ったら動きだすんだから、びっくりした。せっかくたっぷり蜜が溜まっていたのに、どの花だったかわからなくなってしまったわ。

N 花は花なりの文句があるようでした。

花 庭が動いたせいで、蝶に逃げられてしまったよ。こんなに見事に咲いて、蝶や蜂を呼び寄せても、これではきれいに咲いた甲斐もない。

庭 ごめんなさい。わたしの高笑いがみなさんにご迷惑をおかけしてしまったようで。もう邪魔はしませんから。

N その声に鳥や虫や花たちが安心しますと、庭はくすぐったいような気持ちになりました。くすくす笑いたいのをこらえて気を落ち着けようと静かにしていますと、遠くから鐘の音が聞こえてきました……どこか時計台からの音なのでしょう、何度か時を告げると、鐘の音にまじって町の声が聞こえてきました。

町 さて、鳥たちよ、虫たちよ、そろそろ帰りなさい。そんな庭先で道草を食ってはいけません。もっと広い世界を見るのです。

庭 待ってください。もう少しみんなをわたしのところに引き止めさせてください。みんな大事な仲間なんです。たしかに町は庭より大きいでしょう。でも、町のあなたは国より大きくない、国は世界より大きくない、小さい存在がいつも寂しい思いをするんです。あなただって自分の仲間を国や世界に奪われていくのは悲しいでしょう。

町 庭さん。勘違いしないでください。なにも鳥や虫をあなたから奪おうというんじゃないのです。コオロギやカタツムリやずっとあなたの庭に住み続ける虫たちだっているでしょう。でも鳥や蝶が生きるにはあなたのところでは狭いのです。みんなそれぞれ生きる広さというのがあるのです。わたしだって国や世界からの語りかけがあれば、喜んで鳥や虫たちを手放しますよ。鳥や蝶を自分の飾りのように考えてはいけません。あなたがいくら生き物にやさしくしてしてやろうとしたところで、彼らはあなたにあきてしまえば、別のところへ行ってしまうでしょう。なによりもあなたという庭が魅力的であればいいんです。きれいな花や、木の実を実らせば、自然と蝶や鳥がやってきます。まずあなた自身から魅力的になることが大事なんじゃないですか。

庭 そうですね、その通りです。あなたはずいぶんと見聞が広いことでしょうね。わたしなど到底かないません。

町 そりゃわたしはあなたより広くて大きい。しかしそれもたかが知れてますよ。わたしより大きいものはいくらでもある。わたしも昔は得意になったものでした。護岸工事がはじまればそのことを回りに吹聴し、新しい道路ができたら喜んでいました。しかし、それは必ずしもよろこべるものじゃないということがわかりはじめたのです。川や森からただならない沈黙が聞こえてくるのです。はっきりとした沈黙です。わたしもはじめは自分が開発され発展していくことに有頂天になっていましたが、道路は道路で勝手なことを言いはじめて、車をどんどん走らせて、カエルやウサギを轢き殺させている。わたしもわたしなりの町のあり方を考えたのです。

N 町がこういうのももっともなのです。むかし、町は国のいうことにしたがって大変な目にあったのです。世界のいうことを聞かず国と国がどちらが偉いかどちらが正しいかということで喧嘩をして、ある町が破壊されつくされてしまったのです。そこで世界は考えました。国と国が喧嘩をするのに、世界は喧嘩をしないでいられるのはなぜだろう。それは喧嘩する相手がいないたったひとつの存在だからということです。それぞれの国がたったひとつ独自のものとしてお互いを尊重しよう、決して国が世界のように振舞ったり、自分の物差で相手を測ったりしなければいいのです。そのことに考えいたった世界は国々にお互い尊重するよう伝えました。国は、町に独自性を尊重するように伝えました。町は庭にいいました。

町 あなたもかけがえのないたったひとつの庭になれば、その魅力にひかれて、いろいろな仲間が集まって来ますよ。

N 庭はそういわれて、ふたたび気持ちが楽になって来ました。するとずっと下の方で地下水が流れているのが聞こえてきました。地下水は誰にしゃべるともなく、流れているようでした。

地下水 ツツツツツツー山はおとなしい、親切なやつ、ツツツツツツツー川はおだやかなやさしいやつ、ツツーツツツツーいくぞ、いくぞ、海へいくぞ、ツツーツツツツー海へいくぞ。

N 庭ははるか下の方から聞こえてくる地下水の声の微妙なざわめきの変化を感じました。

地下水 ツッツツ、ツツーツいそげ、いそげ、ツッツツ、ツツーツ海へいそげ。ツッツツ、ツツーツ来るぞ、来るぞ、あいつが来るぞ。ツッツツ、ツツーツいそげ、いそげ。

N 鳥や虫や草や木も少し緊張しているようでした。空は湿った空気に満ちて、風が大急ぎで吹きつけ、雨がばらばら降ってきます。

町 来たぞ。

庭 何が来たんです?

町 台風だ。

N 庭のあらゆるものが、町のあらゆるものが、すべてが一斉に緊張しました。空が遠くで唸りはじめると、雨が激しくなって、風がぐんぐん強く吹いてきました。

町 ヒューンヒュルルルルーン、キシキシキシキシ、ヒューンヒュルルルルーン、キシキシキシキシ……

N 町の電線が大きく揺れて、店の看板が震えはじめています。

庭 ズワーン、シャシャシャーン、ズワーン、シャシャシャーン……

N 庭の木々が風にあおられ、雨は草や花を叩きつけるように降ってきます。

家 ドンドンドドド、ドンドドド、ドンドンドドド、ドンドドド……

N 家の扉もがたがた揺れはじめます。

地下水 ザーンザザーン、ザーンザザーン……

 (擬音が重なりあってどんどん騒がしくな

 てくる)

N 雨も風もどんどん強くなってきます!

町 ひどいぞ、これは! 看板が引きちぎられる! ヒューンヒュルルルルーン、キシキシキシキシ! ヒューンヒュルルルルーン、キシキシキシキシ!……

庭 だめだめだめだめ、木も草も倒れてしおまう! ズワーン、シャシャシャーン! ズワーン、シャシャシャーン!……

家 なんとかしてくれ! 壊れる壊れる! ドンドンドドド、ドンドドド! ドンドンドドド、ドンドドド!

地下水 川があふれそうだぞ! ザーンザザーン! ザーンザザーン!

N この凄まじいざわめきに混じって不気味な声が響いてきます。

台風 ウオーン、ここはどこだあ! ウオーン、ここはどこだあ!

N 激しい風のあいまから絞り出されたような重々しい台風の声が聞こえてきました。

台風 ウオーン、ここはどこだあ! ウオーン、ここはどこだあ!

町 ここはわたしの町です。

台風 おまえの町か。ずいぶんちっぽけなところだな。

町 わたしの町をめちゃくちゃにしないでください!

台風 さあ、どうかな。止められるもんなら、止めてみなさい。わたしにはどうすることもできない。誰も、決して誰もわたしを止めることなんてできないんだよ。おまえらの町が束になってかかってきても、おまえらの国がどんなに武器をかき集めてきても、わたしにはかなわないんだからな。

N まったくそのとおりでした。この世の中にどんなに凄い力があっても、台風を止めることはできないのです。家や庭が町に訴えます。

家 なんとかしてください。このままだと屋根が吹き飛んでしまいます!

庭 なんとかしてください。草も木も折れてだめになってしまいます! 町のあなたがなんとか台風を説得してください。

町 わたしには、とてもかなう相手ではありません。

庭 台風に弱点というのはないんですか?

町 まず、ないでしょうね。ただひたすらじっとやりすごすしか手はないでしょう。

台風 ずいぶんとわたしを邪魔者にしてくれるじゃないか。

町 あなたが来ると大変なんです。なんでもかんでも壊していく。壊れたものを直すのにまた一苦労も二苦労もしなくてはならないんです。

台風 そうは言うが、きみらは壊れたものを直すことができるだろう。それに賑やかな仲間もいるだろう。考えてもみてくれよ。わたしは、海をたったひとりで渡って来て、あげくに嫌われたまま、やがて消えていくんだ。この悲しみはきみたちのように安定した世界のものにはわからないだろう! 夜の真っ暗な海を、話し相手もなく、ぐるぐるひとりで回ったまま、渡ってくるんだ。

町 いまはわたしたちが話し相手になりましょう。大した力にはなりませんが。

台風 そりゃ、わたしだって好きこのんで、きみらに被害を与えてるわけじゃない。わたしは台風の宿命を負って、雨を降らせ、風を吹かせているんだ。恵みの雨といって歓迎してくれるところもあるだろう。

町 雨の少ないときは喜ばれます。

台風 そうだろう。

町 でもそれ以上に大きな被害が出るのです。川が溢れたり、風でいろいろなものが倒されてしまう。

台風 それはずいぶん勝手な言い草じゃないか? むかしは大地に何もなかったんじゃないか? そのころの台風は何も文句を言われなかったにちがいない。あとから、きみたち町ができて台風に文句を言うようになったんだ。

町 そうかもしれません。その点に関しては反論はできません。しかし、こう考えた場合どうでしょう。わたしたちの世界にはそれぞれかなわないものがあります。そこでわたしたちは何とか折り合いをつけているんです。それにひきかえ、あなたには何もかなうものがない。何も折り合いをつけることなくやってくる。世の中の道理にあわないと思いませんか。この世に何一つあなたにかなうものがないなんて。

台風 いいや、それは考え違いだ。たしかに力の上ではわたしにかなうものはないだろう。しかしね……

N 台風はひと吹き、ちょっとしょっぱい溜め息のような風を送りこみました。

台風 時がたてば、わたしはきみたちのもとを離れて、遠い海の彼方で消え去ってしまう短い命だ。わたしは命がうらやましい。

町 この世にあるものはみな、壊れたり、死んだり、滅んだりするものです。ほら、そこの庭も、家も、冷蔵庫も、プラムもいつかはなくなってしまうものです。あなただけが消えてしまう運命ではありません。

台風 いや、違う。滅んだり、壊れても、生き残っていくものがある。それは種だ。種はつぎつぎに生まれ変わって命を伝えていくのだ。そんな種がうらやましい。わたしにかなわないものがあるとすれば、種だろう。

N 風がふたたび、やり場のない気持ちをこめるように強く吹きつけました。町も庭も家も暴風雨にあおられましたが、台風がかなわないのは種だというのを聞いて、矢つぎばやにささやき合いました。

町 種だ!

庭 種だ!

家 種だ!

冷蔵庫 種だ!

プラム 種!

N 冷蔵庫の中でじっと身をひそめていたプラムがぷるぷる震えだしました。すると突然、冷蔵庫の扉が開きました。

冷蔵庫 さあ、早く行け!

N プラムは冷蔵庫から家の中に転がり落ちました。風で家が揺れると、プラムはころころと玄関のところまで転がっていきました。

家 さあ、早く行け!

N 家の玄関がばーっと開くとプラムはどんどん転がっていき、庭に飛び出しました。

庭 さあ、早く行け!

N プラムは風にあおられる草に押し出されるように庭を転がっていき、裏道に飛び出しました。

町 さあ、早く行け!

N プラムは裏道の坂をどんどん転がっていくと、水の溢れ出した川べりまで来てしまいました。

地下水 さあ、早く行け!

N プラムは溢れた川の水に飲み込まれると、濁流の勢いに乗って、どんどん川を下っていきました。川の上をぷかぷか浮いたまま、プラムは考えていました。

プラム いったいどこまで行くんだろう。

N プラムは自分の中に眠っている種に声をかけてみましたが、返事はありませんでした。そのころ種は夢の中で考えていたのです。プラムが冷蔵庫の中にいたときと同じように、種は真っ暗なプラムの中でじっと考えていたのです。

種 大きくなるってどんな気分だろう。まず芽を出さなきゃならないな。きっとすばらしいぞ。ぽんっと芽を出すと、まわりの草がぼくを見下ろして言うんだ。よ、チビ助けやっと仲間入りだな。ぼくはうれしくてまた、ぎゅんと背をのばす。仲間の草はそのたびに、やっと一人前だな、あの虫には気をつけろ、あの虫には親切にしろといろいろ教えてくれるにちがいない。

N 種はすばらしい日の光とたっぷりの水分を得て、また、ぎゅんぎゅんのびていきます。草を追い抜いて、木の高さにまで成長します。

種 こうなると、まわりの木から声をかけられるんだ。ずいぶんりっぱなもんだな、きみにあやかりたいもんだとね。でもぼくはまだまだ大きくなるんだ。

N 種はぐんぐんぐんぐん空を目指して大きくなります。

種 プラム フクラム メクラム クライ プラム フクラム メクラム クライ。

N 愉快になって、こんなことを口づさみながらまだまだ大きく、雲を突き抜けて空の上までずんずんのびていきます。そして、ついに月や星たちがいる宇宙まで育っていきます。あたりはしーんと静まりかえって真っ暗ですが、まわりには星がちかちかと一面に散らばってささやきあっているようです。

種 そうしたら、星と話ができるにちがいないな。星は話かけてくるんだ、何万年もひとりぼっちでさびしかったから、きみがここまで育ってくれて、ほんとうにありがたいよってね。ぼくはいろんな話を星から聞くだろうな。きっとぼくは待たれているんだ、いずれ花が咲くまで、実をつけるまで……

N 種は真っ暗な宇宙に枝をはっていくさまを思い描いていました。まるで星のひとつひとつが光る木の実のように見えるほどです。種は力がみなぎるのを感じました。

種 プラム フクラム メクラム クライ。

N やがて枝の隅々にまで花をつけ、果実を実らせていきます。宇宙のほうぼうで赤い果実がぶらさがっているのです。

種 どんなにすばらしいことだろうなあ。宇宙全部がぼくのもののように見えるぞ。星という星がぼくに話かけてくるんだ。でも待てよ。星とおなじように何万年も話をしているわけにはいかない。実はどんどん熟していって、きっと枝から落ちていってしまうんじゃないか。そうだ、そしたら実はどうなるんだ? 実は宇宙の底の方へどんどん落ちていく。真っ暗な世界をずっとずっと落ちていって、そして……

N チャッポーン……そこは静かな夜の海です。夢見る種をかかえたプラムは川に流され、夜の海に浮かんでいたのです。あたりは真っ暗でしたが、空には星がまたたいています。星の声はあまりに遠くて聞こえません。でも耳をすませばプラムの中で種が、くり返し、こうつぶやいているのが聞こえてくるにちがいありません。

種 プラム フクラム メクラム クライ……プラム フクラム メクラム クライ……

N 夜の海はやさしくプラムを運んでいきます。どこへいくのかわかりません。どこにたどりつくのかもわかりません。ただ、希望に満ちた種をくるみこんだプラムは、甘く熟した果実のいい匂いを真っ暗な海にまき散らしながら、ゆっくりと流れていくのです。

 

(了)

 

 

 

 

 

 

【梗概】

 ある暗く冷たい世界に一つのプラムがあります。プラムは自分の世界に没頭していると、冷蔵庫の声が聞こえてきます。冷蔵庫はプラムが自分の中にいること、ちっぽけな存在であることを告げます。すると今度は、家が冷蔵庫に大きな口を叩かないよう釘をさします。すると次は、庭が家に話しかけ、自分がどれほど変化に富んだ存在かを主張します。そして次には、町が庭に話しかけ、生き物たちを手放したがらない庭を諭します。そこへ台風がやってきます。台風はたったひとりで海を渡ってきてもみんなから嫌われていることに嘆きながら、町に襲いかかります。町は台風が唯一つかなわないと思っているのが種だということを聞きだすと、庭、家、冷蔵庫、プラムへと伝令され、冷蔵庫はプラムを外へ送りだし、家から庭、そして増水した川に流されていきます。プラムは川に流されながら、種に話かけますが、種は夢をみているようでした。種は自分がどんどん大きくなり、ついに宇宙にまで枝を広げる夢を見ています。やがて枝は宇宙の果実を実らせ、ついにその実は真っ暗な海に落ちていきます。プラムは、種の希望を抱えたまま夜の海に流されていくのでした。

 

【解説】

 この作品は、身近なものでも世界観が入れ子型になっていて、これがどんどん外へ開き、また逆に一気に内へ閉じていく、いわば、ミクロからマクロへの尺度の往還を描いたものです。わたしたちが、外界のものとして一様にとらえている事物に、階層的な位置づけをあたえることで、新たなドラマを生まれ、またリーディングという形態の特性を活かせるように、通常の戯曲では扱えない物体や現象を擬人化することで、自在なスケール観が得られればと考えます。